死者の言葉を話す女の思い出
最近、ちょっとした縁でイタコやら、口寄せ巫女といったものを扱う文章を読むことがあって、ふと思い出したことがある
以下は現在大学四年のしがない学生が、卒業論文に行き詰って気分転換に書いた思い出話である。
四年前の年末に、父方の祖父が死んだ
ほとんど会話もしたことのない祖父だったが、葬式で顔を見たときには涙が出た
それは祖父だったからなのか、葬式に出るのが初めてだったからなのかはわからない。
本題はここではない。
盆に祖母の家へ帰省した
父と母と一緒であった
祖父母の家へ帰省するのは決まって年末年始であったが、祖父のことがあったので盆にも帰った
寺で遺骨に挨拶をした(表現が適切かはわからないが)後、祖母の家に白装束の、50代か60代か、はたまた70に脚を突っ込んでいるかぐらいの女性が来た
当時彼女の顔をまじまじとは見ていないので勘弁してほしい
その女性は、会うのは初めてだったものの、前々から祖母と親交のある「センセイ」だと父から聞いていた人だった
なにかお経やらありがたいらしいことを話して、祖母から大金の入った封筒を受けとる女性だと認識していた
さあ、ここからが本題である
私と母は、仏壇のある和室に来いと父に言われた
部屋を覗いてみると、例の女性が机の上に紙やら器やらを怪しく並べていた
母も私も、その時宗教的なものには嫌悪感があった(今はむしろ知識として知りたいぐらいだが)もので、行きたくないと父に言ったが、父が申し訳なさそうに
「ごめん、たぶんすぐ終わるだろうから」
と言うものだから、逃げることもできずに和室に正座した。
例の女性と言うわけにもいかないので、仮名で山田さんと表記することにしよう。
実は彼女の苗字らしい名前も知っているし、祖母は「センセイ」と呼んでいるが
呼び名をそのまま使うのも良くないであろうし、わたしは「センセイ」だとは思っていないので、「山田さん」と呼ぶ。
わたしは山田さんを全く信用していなかった。
私はかねてより第一志望であったM大学に進学したのだが、
父は祖母に「娘(筆者)はW大学志望」と嘘をついており、そのため祖母は山田さんに「孫(筆者)がW大学に受かるように」お願いをしていた。(父が嘘をついていたことに関しては深く言及しない)
記念受験と評してW大学は受けには受けたが、もちろん受からなかった。
それに対して、なぜか祖母は「孫がM大学に受かったのは山田さんのおかげ」などと言い出すものだから、私の山田さんへの嫌悪はここにもあった
話題を戻そう。
山田さんは和室にすわり、仏壇にある祖父の位牌を机に置いて、経を唱え始めた(記憶があいまいなのでおそらく)
その後、なんと「○○さん(祖母の名前)の霊を降ろします」という意の言葉を発したのだ
私はその時、「何言ってんだこいつ」と思った。
山田さんは腕を動かしたりしたあと、おもむろに
「ひさしぶり」だの、「元気だったか」だの「今日は来てくれてありがとう」などと言い始めた。
それはすなわち、「降りてきた祖父の言葉」を意味することは、嫌悪で満ちた私にもわかった
それ以外にも色々と言っていた気がするが、その時私は気分が悪すぎて、内容は全く覚えていない。
ただ一つ、その山田さんの口から放たれる「夫の言葉」に涙する祖母の顔だけは覚えている。
その時私は、祖母にさえ嫌悪を覚えた
しゃべり終えた山田さんはおもむろに立ち上がり、祖母、父、私、母の順に肩を揉んだり背中をさすったりしてきた。
今すぐ部屋を出たい気分だったが、祖父を纏う山田さんと、号泣する祖母から醸し出される謎の空気にそれが出来なかった。
「受験頑張りましたね、こうすると、おじいちゃんがずっと守ってくれますからね」
こんなに気持ち悪い肩もみは初めてだった
母に対しても背中をさすりながら「おじいさんがいれば、きっと病気もしません」と言った。
母はこの前年とある病気のために死にかけており、その後毎日老人以上の薬を飲む生活をしていた(現在は比較的回復している)。
母は、背中をさすられてとても気分が悪そうだった。
そのあとは、確か祖母から分厚い封筒を受け取った山田さんを玄関まで見送ったはずだ(申し訳ないが、はっきり覚えていない)
私がここでしたいことは、この奇妙な体験を文字に起こしておきたいと思ったのはもちろんだが、
この山田さんが行った行為がイタコやら死人の口寄せやら死口寄せやら、そういう類のものなのだろうかという疑問の発信である。
疑問であるのは、これが行われたのはイタコで有名な東北でもなんでもなく、九州のとある県だということもある。
わたしはイタコやら口寄せに詳しいわけではないので、もしかすると専門家からしたらおかしなところもあるのかもしれない。
前述のとおりこれは四年前の出来事である。
あれ以来山田さんには会っていない。
祖母が山田さんから老人ホームを進められているらしいから、おそらくご存命だろう。
もしもう一度山田さんに会えたなら、ぜひ聞いてみたい。
「祖父が死んだとき、あなたが行ったのは口寄せですか」と
今山田さんに抱いているのは、嫌悪感よりも強い興味だ。
彼女が本物なら面白いし
本物でなくてもそれはそれで面白いからだ。
補足しておくが、私は死者の霊を信じていないとか、そういうことはない
死者の霊は決まって盆に返ってくるかもしれない、とも思うし
輪廻によって既に別の魂に転生しているかもしれない、とも思っている。
もう一度言うが、わたしはイタコやら口寄せの専門家ではない。
民俗学やら仏教学やら神道やら宗教学やらを専門としているわけでもない。
故に、口寄せはそういうことではない、とか、学術的批判をされても困るのでご容赦願いたい。
しかし、もし九州ではこういった事例が他にもあったりするのならば、是非きかせてもらいたいものである。