失恋もどき

ちょっとだけ

軽い失恋をした

 

好きだと伝えた相手は、わたしに対して恋愛感情を持っていなかった

 

デート2回

2人での飲み、3回(多分)

 

夜中に長時間通話、一緒にゲーム

 

愚痴があればお互い言い合って、お疲れさま、よく頑張ったね、よしよしって

 

 

わたしは彼が大好きだ

いつだって連絡したいし、声が聴きたいし、会いたいし、触れたい。

 

デートしたその日の夜、飲んだ後に繋いだ手の感触は今でも鮮明に覚えているし

カラオケで夜通し過ごしたあとに肩を寄せながら歩いたことも昨日のように思い出す

 

 

コロナがきた

 

デートに誘えなくなった

飲みにさえいけなくなった

 

寂しくて寂しくて

そのたび、めんどくさいかなぁとか考えながらもLINEする

 

通話に誘ってくれる夜は飛び上がるほど嬉しくて

することもないのに明け方まで繋いでた

 

 

ふざけてむこうが、すきだよとLINEで送ってきた

ふざけてるのかマジなのか、わからなかった

 

今思えば、これは本当だったし、本当じゃなかった

 

このLINEの2日後、わたしは職場の人と軽く飲んだあと、帰りたくなくて家の近くの公園で飲酒した

 

月が綺麗だった

 

写真を撮って彼に送った

「月が綺麗ですね」

 

ほんとうに綺麗だったから、君に伝えたかった

この言葉にもっと意味があるのもわかって言った

 

彼が優しいのがいけなかった

さみしいの?なんていわれて

 

「すきだよ」

って打ち込んでしまった

送信をためらった

でも、送った

 

そのときは何にもならなくて、あたしはそのあとすぐ家に帰った

 

ぐだぐだのLINEは続いていたから、向こうから通話を持ち掛けられて喜んで応じた

 

 

「通話で好きって言って」

そう言われた

 

「むり」

言えなかった

10分ぐらい唸っていた

 

でも、今言わなかったらいつ言うんだろうとか考えて

とうとう言ってしまった

 

「すき」

 

スマホ越しに、

イヤホンから彼が笑う声が聞こえた

 

「軽い勢いで俺も言って良い?」

「すきだよ」

 

違和感には気付いていた

でもその瞬間、その言葉が嬉しくて、ものすごくにやけた

 

 

「俺のことどう好きなの?」

とか言い始めた

もうここのやり取りはめんどいから省くけど、ようするにわたしは恋愛感情で好きで

でも彼は好きだけど、友達として、って

そう言った

 

 

「俺、人信用できなくて、しばらく恋愛とかと距離とってて」

「でも、好きって言われてめちゃくちゃ嬉しい」

「だめ、いちゃつきたさがやばい」

 

 

つらかった

私は彼に恋愛感情を持たれてなかった

 

あの時優しくしてくれたのも

手を繋いでくれたのも

指を絡めてくれたのも

 

その時の勢いだったんだね

 

 

「あたし、頑張ってたんだよ」

 

デートに勇気を出して誘ったこととか、もっと誘いたかったとか

そんなことをべらべらと本人にしゃべってしまった

 

「俺はやめときな」

「でも好きでいてほしい」

「俺の良心は、俺を選ぶのはやめとけって言ってる」

 

「好きじゃなくなるのは、むり」

 

 

 

 

あたしの突然の告白から、もう1週間以上経つ。

わたしたちの関係は、変わらない

 

「すきだなあ、と思いながら接するので」

 

彼もそれでいいんじゃない、って

 

 

わたしはまだ、彼が好きだし、しばらく好きだとおもう

 

だって彼が

「コロナがおさまったら、また手繋いでデートしよ」

って言ってくれたから

 

あわよくば、君がわたしに対して恋愛感情が沸けばとか

 

恋愛感情でなくても「すき」と言ってくれればとか

 

 

そんな沼に首まで浸かって

 

わたしは今日も君がすきで、君にLINEをして

君に会いたいと思いながら、君の手を思い出す

進化する恋愛観

ろくな交際をしていなくとも、誰かを好きになるたびに、年々恋愛観というものは変化しているように思う。

昔は面白い人が好きだった。

一緒にいて笑わせてくれるような人が好きだった。

それがいつの間にか「一緒にいて楽しい人」が好きになった。

逆に、一緒にいて楽しい人を好きになったとも言える。

 

しかしその次は、一緒にいても楽しくない人を好きになってしまった。

上手く会話はつながらないし

一緒にいても目も合わせられないし

ただ何故かどきどきする。

そういう風に人を好きになることもあった

 

 

わたしは、近い年齢の人と結婚したいと思っていた。

先に死んでほしくないからだ。

寂しがりやの自分が一人残されるのは耐えられないとおもうし

歳が近いほうが話も合うだろうと思うからだ

 

しかし最近、一回りくらい上がいいなあと感じる

自分は我儘で、あまえたで、優柔不断で、非力で、片付けができない。

歳が近かったら、どうだろう、

私の不完全さにイライラしないだろうか

そう思ったとき、年上なら、「こいつはまだ若いし、仕方ないなあ」と

諦めてくれないだろうか

 

私は世間に言う「年上の包容力」だとか「余裕」がほしいのではない

年下と付き合う時点で、中身が子供なのはわかる

わたしが年上に求めるのは一種の「寛容さ」である

歳を食っているからこその、年下に対する「諦め」や「寛容さ」が欲しいのである

 

しかしこれは年下である私自身の考えで

年下と付き合う年上の方にはまた別の考え方があるのかもしれないが

 

恋愛観というタイトルをつけながらも結婚について語ってしまったが

言いたいことは書けたので今日はこの辺にしておく

死者の言葉を話す女の思い出

最近、ちょっとした縁でイタコやら、口寄せ巫女といったものを扱う文章を読むことがあって、ふと思い出したことがある

以下は現在大学四年のしがない学生が、卒業論文に行き詰って気分転換に書いた思い出話である。

 

四年前の年末に、父方の祖父が死んだ

ほとんど会話もしたことのない祖父だったが、葬式で顔を見たときには涙が出た

それは祖父だったからなのか、葬式に出るのが初めてだったからなのかはわからない。

 

本題はここではない。

 

盆に祖母の家へ帰省した

父と母と一緒であった

 

祖父母の家へ帰省するのは決まって年末年始であったが、祖父のことがあったので盆にも帰った

 

寺で遺骨に挨拶をした(表現が適切かはわからないが)後、祖母の家に白装束の、50代か60代か、はたまた70に脚を突っ込んでいるかぐらいの女性が来た

当時彼女の顔をまじまじとは見ていないので勘弁してほしい

 

その女性は、会うのは初めてだったものの、前々から祖母と親交のある「センセイ」だと父から聞いていた人だった

 

なにかお経やらありがたいらしいことを話して、祖母から大金の入った封筒を受けとる女性だと認識していた

 

 

さあ、ここからが本題である

 

私と母は、仏壇のある和室に来いと父に言われた

部屋を覗いてみると、例の女性が机の上に紙やら器やらを怪しく並べていた

母も私も、その時宗教的なものには嫌悪感があった(今はむしろ知識として知りたいぐらいだが)もので、行きたくないと父に言ったが、父が申し訳なさそうに

「ごめん、たぶんすぐ終わるだろうから」

と言うものだから、逃げることもできずに和室に正座した。

 

例の女性と言うわけにもいかないので、仮名で山田さんと表記することにしよう。

実は彼女の苗字らしい名前も知っているし、祖母は「センセイ」と呼んでいるが

呼び名をそのまま使うのも良くないであろうし、わたしは「センセイ」だとは思っていないので、「山田さん」と呼ぶ。

 

わたしは山田さんを全く信用していなかった。

私はかねてより第一志望であったM大学に進学したのだが、

父は祖母に「娘(筆者)はW大学志望」と嘘をついており、そのため祖母は山田さんに「孫(筆者)がW大学に受かるように」お願いをしていた。(父が嘘をついていたことに関しては深く言及しない)

 

記念受験と評してW大学は受けには受けたが、もちろん受からなかった。

それに対して、なぜか祖母は「孫がM大学に受かったのは山田さんのおかげ」などと言い出すものだから、私の山田さんへの嫌悪はここにもあった

 

話題を戻そう。

 

山田さんは和室にすわり、仏壇にある祖父の位牌を机に置いて、経を唱え始めた(記憶があいまいなのでおそらく)

その後、なんと「○○さん(祖母の名前)の霊を降ろします」という意の言葉を発したのだ

 

私はその時、「何言ってんだこいつ」と思った。

 

山田さんは腕を動かしたりしたあと、おもむろに

「ひさしぶり」だの、「元気だったか」だの「今日は来てくれてありがとう」などと言い始めた。

それはすなわち、「降りてきた祖父の言葉」を意味することは、嫌悪で満ちた私にもわかった

 

それ以外にも色々と言っていた気がするが、その時私は気分が悪すぎて、内容は全く覚えていない。

ただ一つ、その山田さんの口から放たれる「夫の言葉」に涙する祖母の顔だけは覚えている。

その時私は、祖母にさえ嫌悪を覚えた

 

しゃべり終えた山田さんはおもむろに立ち上がり、祖母、父、私、母の順に肩を揉んだり背中をさすったりしてきた。

今すぐ部屋を出たい気分だったが、祖父を纏う山田さんと、号泣する祖母から醸し出される謎の空気にそれが出来なかった。

 

「受験頑張りましたね、こうすると、おじいちゃんがずっと守ってくれますからね」

 

こんなに気持ち悪い肩もみは初めてだった

 

母に対しても背中をさすりながら「おじいさんがいれば、きっと病気もしません」と言った。

母はこの前年とある病気のために死にかけており、その後毎日老人以上の薬を飲む生活をしていた(現在は比較的回復している)。

母は、背中をさすられてとても気分が悪そうだった。

 

そのあとは、確か祖母から分厚い封筒を受け取った山田さんを玄関まで見送ったはずだ(申し訳ないが、はっきり覚えていない)

 

 

私がここでしたいことは、この奇妙な体験を文字に起こしておきたいと思ったのはもちろんだが、

この山田さんが行った行為がイタコやら死人の口寄せやら死口寄せやら、そういう類のものなのだろうかという疑問の発信である。

 

疑問であるのは、これが行われたのはイタコで有名な東北でもなんでもなく、九州のとある県だということもある。

わたしはイタコやら口寄せに詳しいわけではないので、もしかすると専門家からしたらおかしなところもあるのかもしれない。

 

 

前述のとおりこれは四年前の出来事である。

あれ以来山田さんには会っていない。

祖母が山田さんから老人ホームを進められているらしいから、おそらくご存命だろう。

 

もしもう一度山田さんに会えたなら、ぜひ聞いてみたい。

「祖父が死んだとき、あなたが行ったのは口寄せですか」と

 

今山田さんに抱いているのは、嫌悪感よりも強い興味だ。

彼女が本物なら面白いし

本物でなくてもそれはそれで面白いからだ。

 

補足しておくが、私は死者の霊を信じていないとか、そういうことはない

死者の霊は決まって盆に返ってくるかもしれない、とも思うし

輪廻によって既に別の魂に転生しているかもしれない、とも思っている。

 

もう一度言うが、わたしはイタコやら口寄せの専門家ではない。

民俗学やら仏教学やら神道やら宗教学やらを専門としているわけでもない。

故に、口寄せはそういうことではない、とか、学術的批判をされても困るのでご容赦願いたい。

 

しかし、もし九州ではこういった事例が他にもあったりするのならば、是非きかせてもらいたいものである。

あと10年

あと、5年か10年、早く生まれていたらと思うことがある

 

大好きなあの人は16も歳上

 

彼が周りからかわいいやらかっこいいやらともてはやされ

ビジュアルの全盛期を迎えていた頃

 

わたしは小学生だった

 

今でも彼は全盛期だ。

 

そう思っている面もあれば、そう思っていない面もある

 

彼の声は、出会った頃から変わらず素敵だ

 

ビジュアルは全盛期にはほど遠いだろう

 

だけどわたしは、彼が小さなをあけて、口角を上げて、目元をしわしわにして笑っているのをみるのが好きだ

 

あと10年生まれるのが早かったら、もっとあなたに近付けただろうか

 

諦めてはいない。でも、現実の16歳差が、じわじわとわたしを攻め立てる

 

10年生まれるのが早かったら、あなたに出会わなかったかもしれない。

 

あなたを好きにならなかったかもしれない

 

けれども、今のわたしはあなたが好きだから

 

そう、思わずには居られない

 

大好きと何度伝えても

 

伝わっているのかどうかを確かめる術が、わたしには無い

 

無いからこそ、わたしはこんなにも、もどかしい

 

このもどかしさに苦しみながらも、わたしはあなたがずっと好きだろう